人類みな兄弟という心境になれば、世界が味方につく

ランダム記事

「人類みな兄弟」と言われることがある。

この言葉に関しては、聞いたことはあるが口にしたことはないという人は大半だろうし、信じている人も少ないだろう。

だが、この言葉は単なるきれいごとではない。個人の幸せととても大きく関連している言葉でもあるのだ。

では、なぜそうなのか。これから書いていく。

スポンサーリンク

人間関係の内と外

大抵の人は、人間関係を内と外で分けている。

内というのが親しい人であって、外と言うのはそれ以外の人だ。仕事づきあいや義務による付き合いなども外の内に入る。

そして、多くの人は、内と外の人間関係で基準が大きく異なる。

例えば、ある人が何かミスをしたとする。それが外に居る人間の行ったことだと許せないのに、内に居る人間のことだと何の打算もなく許せてしまったりする。

おそらく、これは多くの人に覚えがあるだろう。許せるかどうかだけではなく、怒りを覚えるか否かなどにも関わってくる。人間、身内に対してはどうしても優しくなるものだ。

では、ここで考えて見て欲しい。

「人類みな兄弟」という思いを本気で持っている人ならどうなるだろうか。

そう、そういった人にとっては、人類がみな身内のようなものだ。一応言っておくと、ここで言う「兄弟」とはとても親しい仲程度に受け取っておいて欲しい。

全人類がとても親しい仲だと思えるような人は、相手の振る舞いによってネガティブな感情を覚えたりすることはまずない。

「親しい仲でも喧嘩して不快になることだってある」と思うかもしれない。だが、「全人類と仲がいい」とまで思えるようになると、そうしたことがあっても大して影響を受けない。

不思議に感じるかもしれないが、実際そのような心境になるのだ。人類みな兄弟と思える人は、世界が自分に味方していると思っているのにも等しい。

そのくらいの心強さを持っている人間は、何事も大したことはないと受け止められるようになる。ネガティブは即座に消え、分かち合うべきポジティブな出来事が次々と湧きあがってくる。

「人類みな兄弟」というのは、世界を丸ごと味方につける心持ちなのだ。

では、今日はこの辺りで。あなたに幸せが訪れますように。

スポンサーリンク

シェアすると良いことあるかも

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

  1. 人間くん より:

    はじめまして、人間くんと申します。
    私は「人類みな兄弟」という思想に賛同しますが
    さらに踏み込んで「人類みな【穴】兄弟」という思想をもっています。
    自分の家族、親族さえ助かればそれでいい、他人はどうでもいい
    そんな考えが差別を呼び、差別してもかまわないとされた人にばかり苦役が押し付けられ
    そのことが恨みを呼び、犯罪の根源になっていると思います。
    犯罪を行う人はみんな可哀想な人ばかりだと思います。

    性愛すら共有できて、世界中が味方であると感じるなら
    これ以上心強い絆はないと思います。
    だから声を大にして言いたい「差別をやめよう、人類みな穴兄弟」

    よろしくお願いします。

    • こころ より:

      はじめまして。
      表現こそ賛否を呼びそうですが、私はあなたのような人好きですよw

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)