この世には、理性や顕在意識では理解できないような不思議なルールがある。
このタイトルの言葉もその一つだ。善行を行なえば、それ以上のものとなって返ってくる。そして悪行を行なえばまた同じだけ返ってくる。これも引き寄せの一種と言える。
こういった現象は、古くから情けは人の為ならずだとか、因果応報といった言葉で表されている。
聖書にも「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである」という言葉がある。
仏陀もまた「もし、清らかな心で生きている人がいるとしたら、幸福はその人の後に、必ずついていくことだろう」と述べている。
これは、古今東西に共通する裏のルールなのだろう。
しかし、これは中々信じられないという人も居る。
おそらく、善行を行なったからといってもすぐに返ってくる訳ではないし、何より行なった善行と結果の関連性があるように思えない。
更に、世の中には悪行を行ないながらも栄えているように見える人が居る。
そういった事情からではないだろうか。
という訳で、今回はその点に関して書いていきたいと思う。
見出し
良いことをしたのに悪いこととなって返ってきた
まずは、善行を行なったのに返ってこなかった。それどころか、嫌な現象が起こってしまったようなケースだ。
こういうことを味わった人は多いかもしれない。
しかし、そんな場合であっても善行を続けていくと良い。
何故かというと、その嫌な現象は好転反応のようなもので、それを見てなお善行と良い心がけを持つのならば、通常の何倍も良い結果が返ってくるからだ。
宗教には大抵「神に試される」というようなエピソードがあるが、これはこういった現象のことを示しているのだろう。
悪行を行ないながらも栄えているように見える相手は?
次に、悪行を行ないながらも栄えているように思える場合だ。
このケースは、その悪行に行なっている本人に罪悪感がなく、更に周囲の人間から受ける感情のエネルギーが高い場合に起こりやすい(多少語弊があるが)
引き寄せの法則的に言うのであれば、その人間に与えている感情を引き寄せるような物事が現実として展開していく。
つまりは、その人物を見る度に不快感を覚えるのならば、更に不快になるような現実――この場合は、その人物が更に栄える――を引き寄せる。正確に言えば、相手が栄えているのではなく、あなたにとってそう見えてしまう現実が展開していくのだ。
では、ここで発想を変えてその人物の成功や幸福を祈った場合どうなるだろう?
答えは、あなたがその人物に匹敵するほどの成功や幸福を手にすることになる。しかも、恨まれたりすることもなくだ。
これは、その相手に対する許せないという感情が強ければ強いほど効果は大きくなる。
許しの持つ大きな力
多くの人たちは、そういった許せない人物というのが存在するだろうと思う。
だが、自分の中でその人物の成功や幸福を祈ることができるようになると、不思議なことに自分の中に成功や幸福が訪れる。
その祈った相手はどうなるかはわからないが、憎んでいた時には止めることができそうにないほどに上昇していたにも関わらず、そうして許すようになった瞬間高転げに転げ落ちていってしまうこともある。
だが、許せるようになったあなたにとってはどうでもいいことになっている。
もしもあなたとその許せなかった相手が出会った時、相手がとても快い人物に変わっていることに驚くかもしれない。あなたにとって、本当に心の底から友だと思えるような人物になることだってある。
許しというのは、大きな力を持っている。
誰かを憎み、不快に思った時、それは全て自分に返る
では逆に、誰かを憎み、不快に思った時はどうなるだろう。
それも同じく、自分に返ってくる。
そして、自分を憎み、不快に思う時、それは自分に向けたものと併せて2倍になって戻ってくる。
だからこそ、自己を愛するという能力は重要になってくる。
ある意味、許しと自愛というのは大きな繋がりがある。
雪だるま式に大きくなっていく善行と悪行
善行にしろ悪行にしろ、最初の内は小さなものしか返ってこない。
しかし、それを継続していくうちに、かつてのあなたでは受け止めきれなかったほどに大きなものとなって返ってくる。善行であれ、悪行であれ、だ。
現実はあなたを映す鏡だ。これは何度も聞いたことがあるかもしれない。真理なのだが、実感として持っている人は少ない。
この記事に書いてあることを、ウソだと思う人も居れば、単なる道徳訓だと思う人も居る。そして中には、大いなる真理であることを直観して……いや、そうでなくとも実践しようと心がけ、人生を変えてしまう人も居る。
善行というのは、案外心地が良いものだ。信じられなくとも、少しずつ初めてみてはどうだろうか。案外、そういったところから雪だるま式に変わっていったりすることもある。
では、今日はこの辺りで。あなたに幸せが訪れますように。