不満の感情は早いところ手放してしまおう

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ついこの間、悪口や陰口を言ってはいけない理由について書いた。

その時、書き忘れていたことがあることを思い出した。一体なにかというと、思いっきり不満を言った方が良い状況のことだ。

今回の記事ではそれを書いていく。

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悪口や不満は思っただけでもアウト?

悪口や陰口を言ってはいけないと、以前の記事に書いた。

大まかな理由をまとめると、内なる批判者を成長させ、自分の行動すら制限しかねない行為だからだ。この内なる批判者が大きくなりすぎると、無気力と不満に満ちた生活になってしまう。

では、どんな状況に居る人間であれ、悪口や陰口を口にしてはならないのだろうか?

答えとしては、悪口や陰口は避けた方が良いし、その元となっている不満を対処すればそもそも不満や陰口を言う必要はなくなるというものだ。

そもそも、悪口や陰口を「言ってはならない」と書いたが、内なる批判者は他人への非難を考えているだけでも大きくなってしまう。心にしまっていてもアウトなのだ。

では、考えるだけでも内なる批判者が大きくなってしまうのならば、どうすれば良いのだろう?

反射的に湧いてくる思考と感情を手放す

そもそも不満や非難の感情や考えというのは、反射的に湧いてきてしまう。コントロールしようとしても難しいだろう。

対処法としては、その不満な感情に巻き込まれなければ良いのだ。不満、不平、非難のような感情が湧いてきたら、すぐさま「あ、いま自分は不満な感情を覚えたな」と自覚すれば良い。

そう自覚すれば、そのままその感情を保ち続けるか手放すかの判断は容易になる。ここで手放せば、そうした感情に巻き込まれずに済む。巻き込まれさえしなければ、不満な感情なんてものは全く力も影響力も持たないものだ。

詳しくは、私がいつも勧めている瞑想の本を読めばわかりやすい。

いっそ思いっきりぶちまけてしまって手放すのも良い

これができれば話は早いのだが、そうもいかない人だって居るだろう。手放そうとしても、脳内の不満が大きく飲み込まれ続けている状況というのは誰にだってある。

そうした場合は、いっそ思いっきりぶちまけてしまっても良い。

例えば、誰かとその不満を共有するといったことでも良いだろう。同じ不満を持つものが居れば、思いのほか心は軽くなる。ただ単に愚痴を聞いてもらうだけでも良い。その場合は、自分もちゃんと聞いてあげるのが礼儀ではあるが。

他には、不満の元となっている人間に対し、真正面からぶちまけてしまうことだ。これは、荒療治だがかなり効く。

現実的なコツとしては、自分がなぜ、どのような不満を覚えているのかを、できる限り論理的に、淡々と話していくことだ。そうすれば、案外耳を傾けて変わってくれる可能性が高い。その上、大本の相手に不満を伝えられたら、それだけでかなり満足することもある。少なくとも、「いざとなれば本人にぶちまけることができる」と思っておけば、いくらかは楽になるだろう。

そして最後は、前回の記事にも書いたように、不満な感情が昂ぶる度に、紙に書きなぐってしまうことだ。これは、効果絶大な上に誰にも迷惑をかけないのでかなりオススメできる。

ここ書いた方法で共通する重要なことは、不満という感情を手放すことだ。例えば、これと同じことをしても、火に油を注いだかのように怒りっぽく、あるいは愚痴っぽくなってしまう人だって居る。そうなれば逆効果だ。

「悪口や陰口を言ってはいけない」と書いているが、これに関しては正しいと思っている。悪口や陰口というのは、不満な感情をより強化する方向に向かいやすいからだ。

不満はいっそ堂々と言ってしまうくらいの方が良い。そういう意味では、愚痴を聞いてもらうというのも上述の危険性を孕んでいる。

上記の手法は全て、自分の望まない感情と決別するためのものだとしっかり自覚しておこう。

では、今日はこの辺りで。あなたに幸せが訪れますように。

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