お金と記事を通して、あることに気づいたというお話

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今日、ふとお金や人生に関するあることに気づきましたので、書いていきます。

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お金に対する価値観

つい先日、某レンタルショップでDVDを借りました。

が、私は普段動画配信サイトの月額プランを利用しているので、このところそうしたレンタルショップはあんまり利用してなかったんですね。

だからなのか、そのDVDの返却期限を1日過ぎてしまったんですよ。気づいた時にはもう後のまつりで、時間を見た瞬間に「あちゃあ~」ってな感じです。

結局返しに行ったんですが、そこで延滞料払わないといけないのがやけにもったいなく感じてしまいましたね。ちゃんと気づいていればなぁ、といった感じで。数百円なのにも関わらず、やけにもったいなく感じてしまいます。

で、その後家に戻って友人の宝くじに関する記事を書いていました。そこで手数料が高いというようなことを書いたのですが、その記事を書き終わった後にふと気づきました。

「あれ? 当然のように高いと思ってたけど、そもそも延滞料も手数料も高いのか?」

一応、私はいまかなりお金を持っていて、例え今後何もしなくても生活に困るようなことにはなりません。

それほどまでにお金を持っていながら、なぜたった数百円~数千円にしかならないものを「高い」と感じたのか?

人それぞれに価値観はありますが、例えばPCを買う時、数万円で買えるとなれば特に高いとは感じることはないでしょう。妥当な値段と言っていいし、むしろ少し安いとすら感じる。

妥当な金額だと思った物にはどれだけお金を払っても後悔しないのに、逆に妥当だと思わないものにお金を払った時には、たった数百円ですら「もったいない」と感じてしまう。

私の庶民感覚が抜けきっていないということもあるでしょうが、ここに何か大きなカギがあるような気がしてなりません。

お金の価値は常に変動します。経済の影響を受け、今日の100円は昨日の100円より安いかもしれないし高いかもしれない。そうした景気変動の話なら、まだわかります。

しかし、そうした景気変動を考慮しない時でも、金銭の価値というのは個々人の中で大きく変動しています。

普段、何万円何十万円もするものを平気で購入していても、払わずに済んだはずの数百円~数千円は痛い出費のように感じてしまう。

100円は100円ですし、100万円は100万円です。しかし、それを使う時に私たちはどうしても大げさな意味を付与してしまいがちです。つくづく、人間というのは認識と価値観の生き物なのだなぁと実感いたしました。未だに様々な発見と実感がありますね。メモがてら、記事にしておきます。

では、今日はこの辺りで。あなたに幸せが訪れますように。

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