人は皆、望んで不幸や不運を引き寄せている?

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今回、最近同じようなことを考えて、ちょうど「まさにその通り!」と思えるようなコメントがきましたのでご紹介します。

お久しぶりです。ある日スーパーサイヤ人になってしまった”Take 5”です。
いつも楽しみに拝見させていただいております。

今のところ相変わらず(多少の気持ちの浮き沈みはありますが…)良い心持ちで日々を過ごしておりますが、これといって大きな変化もなく淡々と毎日を漂っています。

そもそもこれと言った願望がないので、何かが変わりようもないのですけどね…。

そんな中でちょっと私の中で変わったなと思うようなことがあったので、書かせてください。

私は映画や漫画を観たり読んだりするのが好きで、その中で最も重要視しているのは作品性の高さでして

『何のひねりもない作品など観るだけ損だ』

と思ってたのですが、ここ最近に観た作品が近年では珍しいくらいのご都合主義的なコテコテのハッピーに始まりハッピーに終わる、良い意味で期待を裏切る作品だったんですが。

今までの私なら『くだらねぇ』の一言で終わらせていたはずなのですが、今回は何故だか『何も起こらない永遠に続く幸せな物語』がとても素晴らしく感じました。

そもそも私たちはそういう『何の心配もいらない当たり前に続く幸せ』を望んでいるはずなのに、別のところでは浮き沈みのない人生などつまらないと思い。

矛盾してるよなぁと思った次第です。

『この後の展開はきっとこうなる』と、すぐに穿った目で観る私の心の期待をことごとく裏切る、ある意味超良作でした。

そんな根暗な日常にいろんな気付きを得ながら暮らしております。

心を開けば世界はいろんな形で手を差し伸べている。

そんな風に思う今日この頃です。

私たちが望む幸せはきっと『サザエさん』くらい、単調で安心なものなのかもしれませんね。

夏も終わりが近付き、少し肌寒さを覚える頃になりましたが、お身体にはどうぞお気を付けてご自愛くださいませ。

次回の更新楽しみにしております。

いやぁ、全文本当にその通りだと思います。

これ、多くの人が陥ってしまっているんですよ。浮き沈みのない人生なんてつまらないと言いながらも、幸せであり続けることを望む。

望むことが衝突を起こし、こんがらがった思考がこんがらがった現実を引き寄せる。自らが望んだことによって。

私自身その傾向が強かったのでよくわかるのですが、実はこれのせいで多くの不幸が生まれてしまったりします。

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なぜ不幸を前提とした幸福を望んでしまうのか?

みんな、常に幸せであることを望みながらも、その幸せが中々実現せずに苦しんでいる。それはなぜかというと、take5さんの言うように、みんな波乱万丈な人生と同時に幸せな人生を望んでいたりするんですね。

この二つを同時に望むのは、多くの場合矛盾を伴います。

波乱万丈な人生と言うのはつまり、大きな逆境や不幸に見舞われたり大成功を収めたりする嵐のような生き方になります。

言ってしまえば、不幸を前提とした幸福を望んでいるとも言えるでしょう。精神的にタフであったり、逆境を心の底から楽しめる方であれば常に幸福でしょうが、まぁそんな人まずいません(笑)

世間にはびこっている成功像

なぜ不幸を前提とした幸福を望んでしまうのか。

その理由の一つとして、世間では「幸福とは不幸や困難を乗り越えた先に掴むもの」という意識が根強いことが挙げられます。

更に言えば、「不幸をバネにして成功をおさめた人ほど偉い」といった思想すらある。

まぁここまでならばいいんですが、どうも日本では(日本に限った話じゃないのかもしれませんが)これが更に過激化して「成功するには不幸や困難を乗り越えなければならない(そうでない人間は卑怯である)」という狂気に近い考えすら存在しています。

ここまでくると論理と因果の倒錯ですね。

こういった、そうであって当然といった空気によって、不幸を前提とした成功や幸福を望んでしまう。

で、その成功までの道のりにある不幸に圧倒され、またより多くの不幸を自分に課してしまう……そういったループに陥る人も多いですね。

波乱万丈な人生の方がかっこいい?

で、こっちが私の陥っていた状態なのですが……もう1つの理由として、フィクションなど物語性の強いものに惹かれてということが挙げられますね。

物語というのは、基本的に話を盛り上げるために大きな苦難と苦境に襲われることになっています。

その苦難が大きければ大きいほど、しっかりと解決した場合のカタルシスが大きくなる。

このフィクションによって、人生に大きく影響を与えられたという方も多いのではないかと思います。

例えば、大学生くらいの頃までの私は「物語の主人公のように、大きな苦難と困難を与えられ、苦しみながらもそれを超えていくような人生を送っていきたい」と本気で思っていましたからね(笑)

その後ニートになったりブラック企業で苦しんだりしながらも今がありますので、今思えば叶ったのかもしれません。どうも規模は小さいですが(笑)

まぁこんな風に、フィクションでは誰もが諦めてしまうような困難に立ち向かい、それを不屈の信念で乗り越えるかっこいい人物がたくさんいます。

そのかっこよさは罪なことに、老若男女問わず魅了し、こう思わせてしまう訳です。「自分もこんな人生を送ってみたい!」と(笑)

こういったかっこよさに憧れる人たちというのは、安定や平安を毛嫌いしている人が多いのではないでしょうか。

それが現実化した結果、安定も平安もない、苦難と逆境に満ちた人生が引き寄せられてくる……と。私はどうも、心当たりがありすぎますね(笑)

あ、ここまで散々脅すようなことを言いましたが、別に苦難や逆境に満ちたフィクションを見ようと問題はありません。

昔から今まで、私はその手のが大好きでしょっちゅう見てますからね。あ、何も起こらない永遠の平和な日常といったようなものももちろん見てますので、単に物語全般が好きってだけですねこれは。

ちょいとそれましたが、要はフィクションを自分の身に起こり得る現実だと思ったり、憧れたりしなければいいんです。簡単でしょう?

望みははっきりさせよう

人間はしょっちゅう矛盾する願いを同時に行なっていたりします。

引き寄せの法則などで自分の思考に気を付けている人でもしょちゅう起こることなので、その辺に気を付けずにいる人の願いは、かなりこんがらがった状態にあるのではないでしょうか。

今回、take5さんのコメントもありちょうど良いタイミングで書きたい記事を書けました。感謝いたします。

では、今日はこの辺りで。あなたに幸せが訪れますように。

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