ネガティブな感情は友であるという理由

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引き寄せの法則においては、不安や不満といったネガティブな感情は悪者として扱われることが多い。

「常にポジティブであれば叶う」といった主張のものが多いので、その反対であるネガティブな感情は悪であるという理屈だろう。

しかし、実際にはネガティブな感情は悪だなどということは全くない。

それどころか、上手く付き合えば何よりも優秀なナビゲーターだとすら言える。

どういう意味なのか、ここから解説していきたい。

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ネガティブな感情は痛覚と同じ

ネガティブな感情というのは、痛覚と同じだ。

人は痛みを感じることを嫌がるが、痛覚というのは人にとってとても重要な機能だ。

なぜなら、痛覚というのは体に異常があることを知らせるサインであり、それを放っておいたら生命に関わってくる可能性があるので早く対処してほしいというシグナルだからである。

「痛いことは嫌」だと言う人がほとんどだろう。だからこそ、痛みを感じるような危険を避けようと思うのだし、もしも痛みが発生したとしても的確な対処が可能になる。痛みというのは、不快だからこそ意味があるのだ。

その点に関しては、ネガティブな感情も同じだ。

ネガティブな感情というのは、多くの人にとって居心地が悪いものである。

しかしネガティブな感情とは、痛覚と同じように異常であること、よくない方向に進んでいることを知らせるサインに過ぎない。

ネガティブな感情が湧きだすということは、その方向に進んで現実化するのは本来の自分に反していることを意味する。

つまり、ネガティブな感情というのは「ああ、この方向は間違っているのか」ということを教えてくれるナビゲーターであり、決して敵ではない。

むしろ、間違って道を常に教えてくれる優秀な味方だと言えるだろう。

ネガティブな感情に自分を委ねない

なぜネガティブな感情が敵のように扱われるのかというと、ずっとその間違った方向の感情に囚われてしまって、それにふさわしいものを引き寄せて現実化してしまう人が多いからだと思う。

ネガティブな感情が湧きだしてきた時の対処法としては、「ああ、こっちに進まない方が良いのだな」と考えて、思考の方向性をずらしていけば良い。要は、囚われないことが大切なのだ。

悲観的な想像を嫌う人が多いが、実は悲観的な想像それ自体には罪も何もない。むしろ、あらかじめ危険などの対策をすることが可能になるので、とても素晴らしいとすら言える。

悲観的な想像をするとそれにふさわしい現実が展開されてしまうと言う人も居るが、それは感情をその悲観的な想像に委ねて、流されているからだ。

悲観的な想像をするが、感情はそれに流されなければ、悲観的な想像が現実化するということはまずあり得ない。

時々「短期的には悲観的で長期的には楽観的なのが良い」と言われるが、その例はまさに正しい。

では悲観的な想像に感情を委ねずにいるのはどうすれば良いのかというと、これはやはり瞑想が一番良いと思う。自分の思考を見ることによって、望まない感情に囚われて流されてしまうということは滅多になくなる。

どうしても望まない感情に囚われてしまった時。その場合はセドナがオススメだ。手放しの技術は、深く染み込んだ固定観念や感情を楽に洗い流してくれる。

瞑想とセドナは、感情を制御する上で非常に強力なツールになる。

では、今日はこの辺で。あなたに幸せが訪れますように。

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